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失敗は挑戦の証 Episode 5

自分自身の挑戦

本社場
国際部 技術グループリーダー

横堀 哲生

1994年入社。赤穂工場に4年、高知に6年勤務後、本社へ。発電所の建設や廃棄物処理の設備などエンジニアとして幅広く手掛ける。現在は国際部の中堅を担う一人として、これからの海外進出を担う。

設備は、子ども。仲間は、ファミリー。

 入社当初は工場における設備のメンテナンス管理が主な仕事でした。若いうちはメンテナンスのプロを目指していました。高知工場にいたときは、予算・工事計画立案から実際の工事の実行管理まで任される事もありました。設備のメンテナンスは子育てみたいなものです。まめな点検をしていると、自然と、愛情、愛着ですかね。そういうものが芽生えてくる。仕事の仲間は家族みたいに思えてきます。協力して、何かを成し遂げたときは達成感がありましたね。時には自分が関わる仕事の枠を超えて動かないといけない時もありましたが、自分から動けば、何でもやれる環境でした。

不安も楽しみも味わえた、幸せな時代。

 今までで印象に残っている仕事は、リサイクル設備の立ち上げです。当時、会社の新たな収益源としてリサイクルビジネスに全社をあげて取り組んでいました。ゼロからのスタートなので、最初にどのようなプラントにするのか、どのような設備を導入するのか、イメージがつきません。計画の段階では、うまくいくだろうと思ったことが、思わぬところでトラブルになる事も多くて。それを不安に思うときもあれば、新たな経験に奮い立つこともありました。

住めば都、働けば都の、海外生活

 10年ほど前から、中国の雲南省にあるセメント会社へ技術面や経営面の指導に携わっています。ついこの間まで約2年間、中国に駐在していました。1人で赴き、最初はとまどいもたくさんありましたが、何でも楽しむことで乗り越えました。成功の秘訣は「リスペクトの気持ち」ですね。現地の文化や風習、人の性格を尊重し、リスペクトすることで、自然とコミュニケ―ションが図れるようになりました。一緒に魚釣りをしたり、お茶を飲んだり、充実した期間でしたね。そういう意味では、工場の仕事も似ているところがあると思います。違う環境でも、現地での生活をいかに楽しむかが大事ですね。

40代でも挑んでいける。20代ならなおさらです。

 仕事の知識やスキルは真面目に取り組んでいけば自然に鍛えられていくものです。私の場合は、英語や中国語も30歳を超えてから始めました。世の中には外国語を話せる方は大勢いらっしゃいますが、やはり私たちエンジニアの中にも、英語や中国語を話せる人がいたほうが良いだろうと思って始めました。いくつになってもチャレンジする精神を忘れずにいたいものです。若い社員たちは、私たち中堅やベテラン以上に挑戦心を持つべきだと思います。そんな人たちのために、チャレンジできる環境を作っておく。それも私たちの仕事だと思っています。