住友大阪セメント HUMAN SITE

セメ女 Episode2

山あり谷ありの28年間。でも、好きで選んだ仕事だったから、なにがあっても続けることができました。

住友大阪セメント株式会社
知的財産部 光グループ
グループリーダー

柳町 ともみ

1987年入社以来28年間勤務。勤務しながら2人の子供を育て上げてきた住友大阪セメントで働く女性総合職社員。

セメントだけではなかった、住友大阪セメント。

 私が入社した頃は、当社が本業のセメント以外で新しい事業を立ち上げる為の開発を新たにスタートした時期でした。現在の光電子事業の発端となる研究をしていた私の元上司が、大学までリクルート活動に来て、光通信分野に関する研究開発の話をしてくれました。その時、セメント会社が光通信分野の最新の研究をしていることを知って、興味を持ったことが入社のきっかけです。入社してからは、先輩研究員と一緒にデバイスの開発に没頭しましたが、学会に参加したり、分析機器の研修に参加したり、たくさんの経験をさせていただきました。

自分に出来ること

 結婚は入社4年目の時。今から20年以上前の当時はまだ結婚・出産退職が当たり前の世の中でしたので、子育てをしながら仕事を続けることに消極的な意見を持つ方もいた時代でした。その頃の私は子供を妊娠しても会社を辞めるという選択肢がそもそもなくて、「子供ができても会社を辞めたくないなあ」と思っていました。入社5年目に妊娠した時に、「悩んでいても仕方ない。できるかどうかはわからないけれど、まずは仕事と子育ての両立を頑張ってみよう」と思って前に歩き始めました。

とはいえ産休や育児休暇をとることはまだ一般的ではない時代、私が休めば一人分の生産性が落ちるわけですから、上司の方は困っていたようです(笑)。そこで、産休や育休で休んでいた間も、復帰した時にできるだけ早く役に立てるようにと、ビジネス書などの実用書や論文などを読んで勉強をしていました。
復帰してからは、できるだけ周りの方に迷惑をかけないように効率よく仕事をこなすよう努めました。子育てと仕事で、忙しい毎日でしたが、今思えば楽しい思い出です。

仕事と子育て。どちらも大事なものなら、天秤にかける必要なんてない。

 私にとって仕事も子育ても大事なので優劣はつけられませんでした。もちろん、子供が病気の時にはやむを得ず休みを頂いたり、期限のある仕事で残業する必要があるときは、家族に子育てを手伝ってもらったりしました。子育てで最も重視していたことは、子供の授業参観には必ず出席することでした。子供に寂しい思いをさせないようにと考えた最低限の対応でした。そこで毎年4月には保育園や学校の年間の行事計画をカレンダーに書き込んで、およその休暇スケジュールを作成して上司に早めに報告して、休みを上手く活用していました。

人生って、変わることを楽しむこと。

 入社して13年目に研究職から、知的財産部への部署異動がありました。
研究がやりたくて入社したので、最初はマイナスのイメージがありました(笑)。でも異動してから、知的財産の勉強をしているうちに興味とやりがいが出てきて、「もしかしたらこれって私にとって天職かもしれない?」と思えるようになりました(笑)。
初めは、特許法などの知財関連法など見たことも読んだこともなく、弁理士の先生と打合せをしても、専門用語が飛び交って全く分からない状態からのスタートでした。先輩や弁理士の先生と一緒に仕事をしながら、知識を少しずつですが習得し、現在に至っています。今では勉強の尽きない知的財産の深さに魅力を感じています。

結婚も子育ても異動も私の人生にとって大きな変化でしたが、振り返ってみれば全てが今の自分形成に必要だったと思っています。

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